特に、「犯行シーン」が描かれていない。
ここがとても考えさせられた。
というわけで、3/1テレビでやってた映画「それでもボクはやってない」
想像以上に面白かったです。
やっていない、と言い続けている主人公ですが、
あれが演技でない確証は、実はどこにもない。
>加瀬亮さんの演技が上手かっただけに、
あの演技は現実でも可能なのだ、という恐ろしさ。
主人公視点で見れば、裁判官の判決はこじつけに聞こえるかも知れないが、
「隣の女性が犯行を見ていない」「左側の男の手の感触がない」
というのは、主人公の犯行を裏付ける材料なのだ。
(主人公が本当に冤罪だとしたならば・・・
リュックの下に空間ができて、それで腕の感触が感じられなかった・・・
もしくは女学生の勘違いで、別方向からの犯行だったか?)
そして、現実の痴漢事件も、同じなのだ。
「犯行シーン」は、再現などできはしない。
限られた人間の、曖昧な記憶しか頼りにならない。
現在の裁判制度の問題、とかいう次元ではなく、
人間が人間を裁くこと自体、無理がある。
痴漢のような、物的証拠も被害実態も曖昧な事件ならば、それは顕著だ。
それこそ、過去視能力でもない限り。
痴漢する人もいる。
痴漢される人もいる。
痴漢に間違われる人もいる。
痴漢に遭ったフリして慰謝料せびる人もいる。
所詮裁判は、弁護士と検事の証拠集めゲームでしかない。
古今東西、自分の身を守るのは、詰まるところ自分だけ。
そういう説教を、きちんとエンターテイメントに仕上げている。
こういう映画は好きです。
あーあと、考えてるなーと思ったのは、傍聴オタクを描いていたこと。
いや、傍聴は行きたいですけどね。裁判員制度もあるし。
>裁判員制度も見据えた地上波放送ではあるでしょうね